現役編集者の書評ブログ

ビジネス書の編集をしています。読んだ本を不定期で紹介します。

【書評】『人工知能はどのようにして「名人」を超えたのか?』山本一成

「その仕事、AIに奪われますよ!」

「AIに奪われる仕事」というキーワードが世間をにぎわしている。「あなたはこのままでは新しい時代を生き残れませんよ」という危機感を煽るような表現に、不安を感じている人も多いはずだ。

 

ただ、出版界では他の業界よりもこの危機感が薄いような気がする。クリエイティブな仕事はAIに奪われにくいと言われているから、大げさかもしれないが、自分たちのことを「人類最後の砦」だと考えているのだろう。

それどころか、 「AI時代をいかに生き抜くか」という売れ筋のテーマが新たに生まれたことを歓迎している人もいそうだ。

 

 

人工知能編集者」の誕生?

でも少し立ち止まって考えてみると、「奪われにくい」というのは喜んでいいものなのかなと疑問に思えてくる。

 「奪われにくい」というのは、いつかはそのときが来るという意味も含んでいる。僕らが思っているよりも速いスピードで、技術が進歩していったら、そう遠くない未来、出版界にも 黒船のごとく「AI」が殴り込みをかけてくるかもしれない。

 

疲れを知らない「AI」が24時間、365日、休むことなく企画を上げ続けられるようになったら。自然言語処理の技術が発達し、人間を上回るクオリティで原稿整理やライティングをこなすようになったら。編集者は一瞬にして❝代替可能❞な存在になってしまうだろう。

「そんなのまだまだ先の話だよ」と笑う人もいるかもしれないが、20年前にスマートフォンの登場を少しも予測できなかった僕らの「未来予想図」なんてとてもじゃないけれど、信頼に値するものではない。

 

 

大事なのは「逃げ切る」より「共存」すること

本当の意味で「生き残れる人」というのは、「AIから逃げ切ろうとする人」ではなくて、むしろ「AIとどう共存していくかを考えている人」なのではないかと思う。

 

たとえ仕組みが全く理解できなかったとしても、いまの技術がどこまで進んでいるのか、そして自分の仕事や生活にどのように活用されていくのかを考えられる人だけが、新しい時代を迎える資格がある。

だから、いま出版されるべきなのは、不安をいたずらに煽る本ではなく、一般の人が「AI」について理解を深められるような本だ。

 

 

 

人工知能はどのようにして 「名人」を超えたのか?』

書名:人工知能はどのようにして 「名人」を超えたのか?

   ―――最強の将棋AIポナンザの開発者が教える機械学習・深層学習・強化学習の本質

著者:山本一成

出版社:ダイヤモンド社 (2017/5/11)

ISBN:9784478102541

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2017年4月1日。将棋好きな人なら、日付だけでピンとくると思う。

この日は将棋界にとって歴史的な一日となった。将棋ソフト「ポナンザ」が現役の名人に公式戦で初めて勝利したのだ。

 

現役最強棋士である名人に人工知能が勝利したというニュースは、将棋界を超えて一般の人にまで大きな衝撃を与えた。そのニュースを見て、「高い知能・知性を持つ」という人間のアイデンティティが崩れ去っていくかのような感覚を覚えた人もいるのではないだろうか。

 

そんな偉業を成し遂げた将棋ソフト「ポナンザ」を開発したのが、山本一成さんだ。

今回紹介する『人工知能はどのようにして「名人」を超えたのか?』では、山本さん自身が「ポナンザ」の強さの秘密、そして人工知能の過去・現在・未来について思う存分語っている。

 

 

人工知能が経験した「4つの卒業」

本書では、人工知能について「プログラマからの卒業」「科学からの卒業」「天才からの卒業」「人間からの卒業」という4つの観点でまとめられている。

 

  • これまでプログラマが一から百まですべて教え込んでいた部分を人工知能が自分で学習するようになった「プログラマからの卒業」
  • 物事の細部を解き明かすことで全体を理解するという還元主義的な考え方では人口知能の仕組みを説明できなくなった「科学からの卒業」
  • 人工知能が「人間の天才」レベルをはるかに超えた存在となった「天才からの卒業」
  • 人間に指示されなくとも自分で目的を設定し、達成できるようになる「人間からの卒業」

 

著者自身が開発した「ポナンザ」や、世界トップ棋士を破った囲碁ソフト「アルファ碁」などのエピソードなどを紹介しながら、僕ら何の知識もない人たちにもわかるような平易な表現で、人工知能の進化の過程を説明している。

 

 

「人間を超える日」は来るのか?

特に多くの人が気になるであろう「人工知能を人間が超える日」については、こんな風に書かれている。

 

予想もできなかったスピードとタイミングで人工知能に抜き去られる――将棋のプロと同じ経験を、これからは社会のさまざまな分野で、多くの人がするはずです。

人間のおこなっている知的な作業の多くは、今の人工知能でもできないことばかりです。しかし、もし人工知能がある知的作業を少しでもできるようになってきたら、その作業において人間の能力を上回るタイミングは、実は目前に迫っています。

 

人工知能研究の最前線にいる人はやはり「まだまだ先の話だ」とは思っていないようだ。抜き去られたときに、僕らはどう生きていけばいいのか。いまのうちに考えておかなくては手遅れになってしまいそうだ。

 

また、巻末に付録として掲載されている、著者と囲碁棋士大橋拓文6段による「アルファ碁」についての対談も、「人間から見た人工知能」についての話が展開されていておもしろかった。囲碁ソフトに追い抜かれた棋士が、そのソフトを利用してさらに力をつけようとしているというのは、人間の新たな可能性を感じさせてくれる。

 

 

正しい理解で正しい選択を

本書を読むまでは、人間の延長線上に人工知能がいるというイメージを抱いていたのだけれど、実際には人間とは違った独自のアプローチで進化しているようだ。

完全な上位互換ではないなら、「共存」という道もきっと見つかるはず。

「AIに仕事を奪われる!」という不安を抱えている人にはぜひ本書をおすすめしたい。そして、人工知能について正しく理解して、「逃げ回る」のではなく「共に生きていく」方法を考えてみてほしい。

 

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