【書評】『何者』朝井リョウ
「就活」の歪み
ここ数カ月、真っ黒なリクルートスーツに身を包んだ就活生をよく街で見かける。
その姿を見ると、就活当時の自分の焦りやら不安やらが入り混じったなんとも形容しがたい 気持ちになる。
就職活動は自分の働く場所を決める、希望に満ちたもののはずなのに、正直「就活なんてもうやりたくない」という気持ちが強い。
空欄を作らないように手書きでびっしりと埋めたエントリーシート、時間がなさすぎてまったく手ごたえがないSPIテスト、予想外のことばかり聞かれて焦ってしまう面接など、辛かったことはいくらでも挙げられる。
でもそのなかで一番つらかったのは、企業側が出してくる課題ではなく、周りの友達との「競争意識」だった。
就活サイトの登録受付が始まって、さあ横一線のスタートだと思ったら、友達は既にいくつもインターンをこなして、内定までもらっていたりする。「この前まだなんにもしてないって言ってたじゃん!」と嘆いてももう遅い。何十メートルも差をつけられた状態でのスタートになってしまう。
僕が受けた出版業界はインターンや解禁前の面接がそれほど盛んではなかったので、あまり不利な感じは受けなかったけれど、他の業界を受けていたらもっと焦りを感じていただろう。
周りとどうやって差をつけるか。それがいまの日本の就活のテーマになっているからこそ、僕らは少しでも早く企業側とコンタクトを取ろうとするし、1つでも多くエントリーシートに書ける活動を行なおうとする。
「新卒一括採用」にはメリットがたくさんあることももちろんわかっているのだけれど、就活中の「競争を煽られている感じ」はこの仕組みの負の側面といっていいと思う。
友達の内定先のことをこっそりネットで調べたり、 みん就で選考に落ちた人の書き込みを見て優越感に浸ったり、今になって振り返ってみると、就活中の自分の歪み具合がとても嫌になる。
今回紹介するのはそんな現代の就活をテーマにした一冊だ。
『何者』
書名:何者
著者:朝井リョウ
出版社:新潮社 (2012/11/30)
ISBN:9784103330615
今いちばん若手で勢いのある作家朝井リョウさんによる、「就活」をテーマにした長編小説。第148回直木賞受賞作。
デビュー作『桐島、部活やめるってよ』では、「スクールカースト」という歪んだヒエラルキーについて目を背けたくなるほどリアルに表現しているが、今作では、「就職対策仲間」の5人が、自意識にぶつかったり、承認欲求に苦しんだり、劣等感に悩んだりしながらも、「内定」に向かって少しずつ進んでいく様子を描く。
朝井さん自身の就職活動の経験が執筆のきっかけになったようで、説明会の予定でいっぱいになる過密なスケジュールや、SNSでの探り合い、無機質なお祈りメールなど、就活を経験した人なら誰でもあるあると頷いてしまうようなシーンが続く。
『桐島』もそうだったが、朝井さんは僕らがなんとなく「嫌だな」とか「きついな」と思っているようなことを丁寧にすくい上げ、それをさらに濃縮還元して作品に仕上げてしまう。
だから、今作も読み進めるごとに前述したような就活のときの気持ちがどんどん思い起こされて息が詰まるような感覚を覚える。
仲間の1人として、自分の大学時代の輝かしい経歴を並べ立てたり、名刺を自作して配って回ったり、「就活で見る痛い奴」を濃く煮詰めたような女の子が出てくる。
もし、朝井さんが就活を経験していなかったら、この女の子は、ただ周りから馬鹿にされるだけのキャラクターで終わっていただろう。
しかし、物語の終盤、彼女が自分の想いについて語る部分で、その印象は一変する。
私は誰にどれだけ笑われたってインターンも海外ボランティアもアピールするし、キャリアセンターにだって通うし自分の名刺だって配る。カッコ悪い姿のまま、がむしゃらにあがく。その方法から逃げてしまったらもう、他に選択肢なんてないんだから
ダサくてカッコ悪いのも、馬鹿にされているのもわかったうえで、それでも前に進んでいこうとする。僕らがへらへら笑ってやめてしまうようなことにも全力で取り組む。
彼女はいちばん「就活」に立ち向かっている人だったのだ。この言葉を通じて朝井さんから「この子を笑う資格があるの?」と問いかけているように感じた。
僕はもちろん彼女を笑う資格なんかない。
カッコ悪いから、笑われるから、そういった理由で当時やらなかったことに取り組んでいたらいま僕は何をしているのだろう。
就活に対してもっといいイメージを持てていたかもしれない。
フィクションといえども、今の20代から30代の人にとってはとても「刺さる」内容になっている。現在進行形の就活生には刺激が強すぎるかもしれないが、「元就活生」の人は当時を見つめなおすいいきっかけになるはずなので、ぜひ手に取ってみてほしい。