【書評】『なぜアマゾンは1円で本が売れるのか 』武田徹
出版界のこれまで、これから
もう何年続くんだよ……と思っている人も少なからずいるかもしれないが、出版業界が「過渡期」だといわれるようになって久しい。
電子書籍による「黒船来襲」から今まで続く、長い時代の移行期間だけれど、ここ最近、ほんとにいろんなことが変わり始めている。
雑誌の読み放題や、漫画アプリなど、これまで見られなかったようなサービスが続々登場してきているのだ。
電子書籍は、取次や書店を介さないということで、出版界を支える「再販制度」が維持できるのかという危機感があったが、「出版社が本を作って、読者がそれを買う」という構造は変わらない。
しかし、先に挙げたような読み放題などのサービスは月額料金だったり、課金方式だったり、これまでのビジネスモデルとは根本的に異なる。
つまり、「売り方」「買い方」まで変化してきているということだ。
今はまだ、どのサービスも本の延長線上のような扱いになっているけれど、今後これらのサービスが中心となることも十分あり得る。
(というか、電車の中の様子を見る限り、すでに今の中高生は漫画は買って読むものじゃなくて、漫画アプリで読むものだと考えているような気がする)
そうなったとき、僕らが慣れ親しんできた「本」はどうなってしまうのか。単なるサービス、売り方の一部のような扱いになってしまうのか。
今回紹介する本はそんな激動の出版業界を俯瞰的に見つめた一冊だ。
『なぜアマゾンは1円で本が売れるのか 』
書名:なぜアマゾンは1円で本が売れるのか ネット時代のメディア戦争
著者:武田徹
出版社:新潮社 (2017/1/13)
ISBN:9784106107009
ジャーナリストとして、業界を長らく見つめてきた著者によるメディア論。
タイトルだけを見ると、アマゾンなどの新興のビジネス・サービスを紹介・考察している本のように思われるかもしれないが、実際には、日経新聞の電子製版からニコニコ動画に至るまでのメディアの興亡が記録されている。
アマゾンのレビューでは、「タイトル詐欺だ!」のように言われているけれど、本の中の一番キャッチ―で読者を惹きつける部分をタイトルにするのは、ビジネス、実用のジャンルではよく使われている手法だ。
『 100円のコーラを1000円で売る方法』(中経出版)だって、マーケティング理論について学べる本で、コーラの話が延々と書かれているわけではない。
ただ、新書でこういったタイトルの本は少ないので、新書とか選書とか固めの本しか読まない読者は少し戸惑ったかもしれない。
まあ、とにかく、最新のメディアだけを扱うのではなく、もっと通時的に業界全体を眺めるというのも今後の予測をするうえで大切なことだと思う。
個人的に一番面白かったのは、「日経ビジネスオンライン(NBO)」の黎明期の記録だ。
著者によると、NBOの成功の要因は「会員登録制」を導入したことなのだという。
会員料金はないが、登録時に得た情報は購読者データベースとして活用される。たとえば勤務先企業の規模や業種別の比率はもちろん分かっているし、世帯主収入平均が876・9万円というデータも媒体資料には掲げられている。
こういった詳細な情報が、広告主には非常に魅力的になる。購読者に合わせて効果的な広告を出すことが可能になるからだ。
日経ビジネスオンラインは基本的に会員料金はかからない。つまり、購読者がコンテンツに対して料金を払っているわけではなく、購読者の「情報」がお金を集めているのである。
ここでは、もうすでに、「読者が買う」という構図はない。
インターネットを使った新しい「売り方」「買い方」がすでに2006年に生まれていたとは驚いた。
本書で紹介されているメディアもインターネットの登場で、その変化のスピードがものすごく速くなっていることを実感させられる。雨後の筍のように、新しいサービスが次々生まれ、そして時代に合わないものがどんどん淘汰されていく。
やはり、「本」というのも、単なる一媒体、売り方になってしまうのかもしれない。
出版界でこれからも生き残っていくなら、それぐらいの覚悟と新しいものへのアンテナを持っていく必要があるようだ。
幅広く業界全体を俯瞰できる本書はどんな人でも新たな知見、発見を得られるはずだ。タイトルに惹きつけられて買った人も「タイトルと違う!」などと言わずにぜひ通読してほしい。