【書評】『熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録』井川意高
「ギャンブル」と「依存」
「ギャンブル依存症」という言葉を今年になってよく聞くようになった。
カジノ法案が成立したことで、ギャンブルで身を滅ぼす人が増加してしまうのではないかとマスコミが盛んに騒ぎ立てているからだ。
確かにマスコミが紹介する「ギャンブル依存症」の実例は恐ろしいものばかりだ。
会社で順調に結果を残していようが、幸せな家庭を築いていようが、ギャンブルの魔力に取りこまれた人は、みな全てを失ってしまう。
他の依存症と同じく、自分以外にも多大な迷惑をかけてしまう病気だが、ギャンブル依存症は特に、周りの人が気づきにくいという怖さがあるのだという。
どんなにギャンブルにのめり込んでいようが、アルコールや薬物などと違って、日常生活を送るうえで特段の変化はない(ように見える)。
負けがこみ、パンク寸前の引き返せないところまで来てはじめてギャンブル狂いが発覚する、なんてことも珍しくないのだそうだ。
もしかしたら、自分の家族、恋人も知らないところで毎日のように賭け事に熱中しているかもしれない。そんな風に自分の近くに置き換えて考えると、この依存症の恐ろしさが身に迫って感じられる。
今回紹介する本は、そんなギャンブル依存症によってすべてを失ったある経営者の男の実録だ。
『熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録』
書名:熔ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔録
著者:井川意高
出版社:幻冬舎 (2017/2/1)
ISBN:9784344425798
マスコミ得意の過熱報道を覚えている方も多いのではないだろうか。2011年、大王製紙会長井川氏による106億8000万もの資金使い込み事件が発覚した。
そんなに巨額のお金を何に使っていたのかというと、なんと「カジノ」である。
本書ではその事件の真相が、井川氏本人の言葉で語られている。
冒頭ではいきなり、カジノでバカラをする井川氏の様子が描かれる。その額20億。僕ら庶民が一度も動かすことはない巨額の勝負だ。
まだまだ。もっとだ。もっと勝てるに決まっている。
20億を前にしながら、まだ勝負を続けようとする井川氏に、これから彼が落ちていく地獄をいやでも予感させられる。
井川氏は大王製紙の創業者の孫として生まれ、中学校高校は筑駒、大学は東大、入社数年後には大王製紙の子会社社長と、一貫してエリートの道を進む。
事件発覚当時のマスコミでは、そんな幼少期からの挫折を知らない特別な人生が歪みとなった、というような論調だったように記憶している。
しかし、井川氏からしてみると、多少裕福ではあったものの、そこまで甘やかされていたというわけではないし、彼自身の生い立ちはあまりこの事件とは関係ないと考えているようだ。
それではなぜ、彼はここまでギャンブルにのめりこんでしまったのか?
その理由について彼は一言で語る。
私は単純にギャンブルが好きだったのだ。
これはギャンブル依存症の恐ろしさを端的に物語る一言だと思う。
御曹司として厳しく育てられたことへの反発や、経営者としてのストレスなど、何か分かりやすい理由があれば、今後依存症にならないための教育など、全体的な対策を立てることもできるだろう。
しかし、ただ「好き」なだけが、理由となるのであれば、どんな立場、境遇の人でも、この依存症になってしまう可能性があるということではないか。
しかも、先に述べたような周りが気づきにくいという特徴も相まって、井川氏のように、引き返せない段階まで来てしまったところで、「まさかあの人が……」のような形で発覚してしまうのだろう。
本書の中で井川氏も述べているように、カジノ法案がすぐにギャンブル依存症患者の増加につながるかどうかはわからない。
ただ、こうやって「カジノ」や「ギャンブル依存症」などの言葉にスポットが当たっている今こそ、彼のこの苛烈な記録を読んで、学んでおかなければならないことがあると思う。
「第二の井川意高」は僕ら自身になるかもしれないのだから。