現役編集者の書評ブログ

ビジネス書の編集をしています。読んだ本を不定期で紹介します。

【書評】『書店風雲録』田口久美子

「残念なニュース」に事欠かない出版界

出版業界がマスコミに取り上げられるとき、よいニュースであることはほとんどなく、業界の苦境を伝えるものが多い。人気少年漫画誌の印刷部数が200万部を割ったとか、三番手の取次が倒産したとか、残念なことに暗い話題には事欠かない。

 

最近でも、「書店が地域に1店舗もない『書店ゼロ自治体』が増えている」というニュースが話題になった。家族で経営しているような小さな書店は「出版不況」の煽りをもろに受け、どんどん数を減らしている。

 

僕が小さい頃よく通っていた「町の本屋」もいつの間にか閉店してしまった。

店のいちばんいい場所に、仏像関連の本が山と積まれていたりと、店長の趣味(?)が存分に発揮されている店で、子供ながらに「変わった店だなあ」と思っていたのだけれど、その採算を度外視した姿勢が仇となったのかもしれない。

 

小さな町の書店が淘汰され、大規模なチェーン店ばかりになって、「どの書店も品ぞろえに代わり映えがなくなった」という苦言がよく聞かれるようになった。

たしかに、売れない純文学や専門書が隅に押しやられ、ベストセラーが何十冊も積まれている様子は、どの書店でも見られる共通の光景になってきている。

 

 

「カリスマ書店員」の誕生

ただ、このまま書店の画一化が進行し続けてしまうのかというと、そんなこともないのではないかと思う。「カリスマ書店員」という新たな存在が書店に独自の色を付け始めているからだ。「カリスマ書店員」とは、イベントやブログなどで積極的に「おすすめ本」の情報を発信し、本の売上に直接影響を与えるようになった人たちのことだ。

 

三省堂の書店員である新井見枝香さんなど、「新井賞」という賞を個人的につくり、「この作品に何の賞も与えられないなんて嘘でしょ!?」と思う本を受賞作として紹介している(新文化」2014年12月4日号)。

なんと、あの芥川賞直木賞をしのぐほどの売上を記録することもあるという。

 

書店員が受賞作を選ぶ本屋大賞も年々影響力を高めているし、出版社主導ではなく、書店発のベストセラーも増えてきている。「本を売りたければまずは『カリスマ書店員』を味方につけろ!」というのが、出版業界の格言になる日もきっと近い。

 

今回紹介するのは、そんなカリスマ書店員の走りのような存在、田口久美子さんによる「書店エッセイ」だ。

 

 

 

『書店風雲録』

書名:書店風雲録

著者:田口久美子

出版社:筑摩書房 (2007/1/1)

ISBN:9784480422989

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 今も伝説として語り継がれている「池袋リブロ」。「文化の発信」をキーワードに、思想書を大量に棚に並べ、出版界に旋風を巻き起こした。

本書はそんな池袋リブロで店長を務めていた田口久美子さんが、リブロ誕生から全盛期(1975年~1994年頃)に至るまでの軌跡をまとめたものだ。

 

今回紹介するのは筑摩書房から2007年に刊行された文庫本だが、元は本の雑誌社から出版された単行本で、こちらは2003年の刊行。

つまり今の出版業界の苦境、もっといえば、2015年の池袋店の閉店については一切触れられていない。内容はかなり古いと言わざるを得ないけれど、出版にいちばん元気があった時代に最も話題になっていた書店のエピソードが面白くないはずがない。

 

 

なぜ、リブロは❝風雲児❞たり得たのか?

本書は、著者がリブロと深くつながりのある人へ行なったインタビューが中心に展開される。一言で言えば、「あの頃はよかったなあ」ということなのだけれど、ある人は独特な売り場配置を誇ったり、またある人は大盛況だったイベントの様子を話したり、それぞれの視点から「リブロの独自性」が語られる。

 

特に、著者の前にリブロ池袋で店長を務めた今泉さんの話は、書店界の中でどんどん存在感を増していった当時の勢いを感じさせる。

 

買う所を決めて来てくれるお客さんを飽きさせないように、しょっちゅう棚を工夫していた。それだけ勉強もした。関連の本も読んだし、編集者にも著者にも会った。エキサイティングだったなあ。毎月特集を組むのは簡単じゃない。他の人が十年かかるところを、あの三、四年で突っ走ったような気がする。濃密な時間だった。

 

この部分だけでも、リブロが当時どれだけ勢いがあったか、そしてそれを支える書店員たちがどれだけ仕事に没入していたかが伝わってくる。

 

そういったインタビューの合間に挟み込むように書かれている著者自身の経験や考えもついメモしてしまうような面白いものばかりだった。

 

書店で仕事をしていると、日本語は縦に読むから、本の背文字が縦組だから、書棚の本が見つけやすく、英語を筆頭とする横文字の綴りのように首を曲げずに探さなくていい、だから日本人はこんなに本を買い、読むのではないか、と思うことがある。

 

こんな視点は30年以上書店員として生きてきた著者だからこそ持ち得たのだろう。棚を流し見しながら本を探せるというのが日本語の長所だったなんて……。多くの読者好きを「なるほど!」とうならせる発見だと思う。

 

 

現場を支えてきたリブロ「第二の生みの親」

「リブロ」というと、セゾングループ代表の❝文化人❞堤清二の功績ばかりが取り上げられる。しかし、本書を読めば、実際に現場に立ち、独自の棚を作っていた「書店員」たちも第二の「生みの親」なのだと感じるはずだ。

 

出版界を盛り上げているのは、何も一部のカリスマたちだけではない、という当たり前のことに気付かされた。「一人でも多くの読者を、一冊でも多くの本を」と毎日棚を作り続けてくれている人がいるから、僕らは手軽に本を手に取ることができるのだ。

 

本好きな人にとっては、必ず何かしらの発見があるはずなので、少し古い本だけれど、ぜひとも探して読んでみてほしい。

 

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