現役編集者の書評ブログ

ビジネス書の編集をしています。読んだ本を不定期で紹介します。

【書評】『ルポ 電王戦 人間vs.コンピュータの真実』(松本博文)

「AI」と僕ら――変わること、変わらないこと

今日一番の話題と言えば、「藤井聡太四段の30連勝」をかけた対局だ。

20時現在、まだ勝負の決着はついていないが、藤井四段が勝っても負けても、明日の朝のニュースはこぞって取り上げるはずだ。

 

出版業界は話題のトピックスがあると、それにあやかって関連本が出版されたり、書店に特設コーナーが設けられたりするので、このままどれくらい連勝を伸ばすのかというのは、僕ら出版界の人間も期待して見守っている。

 

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「対決」?「共存」?

そんな藤井四段の強さの秘密は「AIの活用」にある、といろんなメディアで紹介されている。ある記事によると、藤井四段は研究にAIを活用していて、実際の打ち筋にも、AIが好む手が度々見られるのだという。

自分自身の才能をAIを利用して磨き、歴戦の猛者たちを次々と打ち破っていく藤井四段はまさに「次世代の天才」といえる。将棋という人間の思考対決の最高峰で、見事にAIと共存している藤井四段からは、僕らも学ぶことがあるはずだ。

 

AIに仕事の大部分が代替されると指摘されている中、どこに人間独自の強みを見出すのか。 

今回紹介する「人間VSコンピュータ」の歴史が克明に記録された本を読めば、僕らのこれからの生き方・働き方のヒントが得られるだろう。  

 

 

『ルポ 電王戦 人間vs.コンピュータの真実』

書名:ルポ 電王戦 人間vs.コンピュータの真実

著者:松本博文

出版社:NHK出版 (2014/6/6)

ISBN:9784140884362

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将棋観戦記者として将棋界を見つめ続けてきた筆者による、棋士とコンピュータが戦った「電王戦」について克明につづったルポタージュ。

 

 

「ルポタージュ」と読み応え

読み応えのあるルポタージュと言うのは、著者が「遠すぎず、近すぎず」のスタンスで書かれているものだと思う。 

読者に「リアル感」を感じさせるためには、その出来事にどれだけ近づけるかが重要になる。しかし、あまりに近づきすぎては近眼的なごく狭い部分しか見えてこなくなってしまうため、あえて少し遠ざかり、客観的な目線から全体像を眺めていく必要がある。

 

本書の場合、著者の松本博文氏は、将棋観戦記者として将棋界を「ほんのちょっと外」から見続け、「渡辺竜王Bonanza(コンピュータ将棋ソフト)戦」の現場スタッフとしても活躍した、まさに「電王戦」のルポを書くのにうってつけの人物だといえる。

 

 

車に負けても悔しくないのはなぜ?

本書は将棋ソフトが将棋を覚えたての子どものような強さであった黎明期のときから、プロ棋士と互角以上に渡り合うようになった第三回電王戦までの、「人間vsコンピュータ」の戦いが詳しくまとめられている。

 

人間の矜持をかけた戦いをすぐそばで目撃し続けた著者の、人間とコンピュータの争いに関する捉え方は鋭く、面白い。

 

身体能力という点では、人間より優れた動物は、そもそも無数に存在する。虎や馬などが走れば人間より速いのは、大昔からわかっている。それが人間が作った車に代わったところで、走る勝負をして負けて、悔しいと感じた人間はいただろうか。人間は「考える葦」であり、およそ人間を人間たらしめているのは、頭で考えるという点で優れているからではないか。その優れた人間の知性を端的に表す存在が、チェスや将棋の達人である。その達人が他の存在に負けて、悔しくないわけがないではないか、と。

 

この記述など、「人間は自分たちが生み出した車と走る勝負をしてもすでに勝てない。AIに負けるのもそれと同じようなものだ」という主張に対して僕自身が感じていたもやもや感の正体を見事に言い当てられているように感じる。

 

 

これからのAIとの「付き合い方」

僕らはAIに人間のアイデンティティーを奪われるように感じ、それが猛烈な抵抗感の元となっているのだ。AIの台頭によって、人間対人間の将棋の人気がなくなるとは思えない(最近の藤井四段の社会現象的熱狂に安心した関係者も多いと思う)が、「人間がAIに負けた」という事実は僕らの胸に刻みつけられた。

 

AIに揺さぶられる今の将棋界は、我々の職場のそう遠くない未来を映しているのかもしれない。将棋界がどんな選択をして、その結果どういう状況が生まれたのか。本書は単に知的好奇心を満たしてくれるだけではなく、僕らに「実践的な教訓」をも示してくれる。AIや人工知能といったワードに「得体のしれない恐怖」を感じるという人は、ぜひとも読んでみてほしい一冊だ。

 

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