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現役編集者の書評ブログ

ビジネス書の編集をしています。読んだ本を不定期で紹介します。

【書評】『1998年の宇多田ヒカル』宇野維正

「特別な年」を超えるために

先日、2017年の本屋大賞恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)に決定した。2回目の大賞受賞、直木賞とのダブル受賞など、史上初尽くしの結果で、14年の歴史がある本屋大賞の中でも記念碑的な年となったようだ。

 

 

もう少し話を広げて、出版界全体にとって「特別な年」とはいつのことを指すのだろう。

580万部を記録した大ベストセラー『窓際のトットちゃん』(講談社)が出版された1981年だろうか。

角川書店の編集者だった見城徹さんが幻冬舎を設立して出版界に殴り込みをかけた1993年だろうか。

村上春樹さんがノーベル文学賞を受賞するそう遠くない未来、なんて考え方もあるかもしれない。

 

 

いい意味での「特別な年」を聞くと、上記以外にも様々な年を挙げる人がいるはずだ。

しかし、反対に悪い意味では? と聞けば、多くの人が「1996年」を挙げると思う。

実はこの年を境に右肩上がりだった出版物の売上が減少に転じたのだ。この減少はいまだに続いていて、現在の売上は1996年の6割近くまで落ち込んでしまっている。

 

 

娯楽の多様化や、インターネットの普及により、読書離れはますます進行すると言われ、出版業界の中でも現状を打破するような画期的な方策が生まれてきていない現状を見る限り、残念ながら当分この減少は続いてしまうだろう。

 

 

変わらずにいい本を作り続けることで、今いる読者を大切にして縮小する業界の中を生き残っていくべきとか、新しい読者を増やすために業界を挙げて大規模な施策に取り組むべき、とか今後もそれぞれが最善と思われる対策を打っていくだろう。 

 

 

つい日々の仕事や目の前の企画だけに目を向けてしまいがちだけれど、こうしたマクロの視点を常に意識しないといけないなあと思っている(のだけれど、これがなかなか難しい……)。

 

 

何となく暗い話になってしまったが、今回紹介する本は音楽業界の“いい意味”での「特別な年」について綴られた一冊だ。

 

 

『1998年の宇多田ヒカル

書名:1998年の宇多田ヒカル

著者:宇野維正

出版社:新潮社 (2016/1/15)

ISBN:9784106106507

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音楽ジャーナリストとして音楽業界を見つめ続けてきた宇野さんが特別な年として挙げるのが、「1998年」だ。

 

 

その理由の一つを宇野さんは次のように語る。

 

2000年においても、2005年においても、2010年においても、そして現在においても、グループ/バンド/ソロを問わず、日本の音楽シーンにおけるトップ3の才能だと自分が考えている音楽家が、すべて同じ1998年にデビューしたからです。

そう、宇多田ヒカル椎名林檎aikoのことです。

 

本書では、この3人に浜崎あゆみ(彼女も1998年デビュー)を加えた4人にスポットを当てる。

彼女らそれぞれが日本の音楽シーンで果たしてきた役割を読み解くことで、1998年がいかに奇跡的な年であるか、そしてその衝撃を未だに越えられない現在の音楽業界がどんな未来を迎えるのか、について述べられている。

 

 

宇多田ヒカル椎名林檎aiko浜崎あゆみ、という誰もが知っていて、それぞれ独自の方面で活躍している4人を「デビュー年」でくくることができるというのが面白い。

 

 

『Automatic』『ここでキスして。』『花火』『Trust』……彼女たちは今では考えられないようなCD売上を連発して、自らの位置を確固たるものにしていく。

 

 

彼女たちの才能については疑うまでもないけれど、CDを買って音楽を聴くのが常識であった当時の時代感に後押しされ、ミリオンセラーを作り上げていく様子はどこか出版業界と重なるものがあった。

 

 

また、本書ではいまも第一線で活躍し続ける彼女たちへの賞賛と同時に、いまだに1998年の衝撃を超えられていない現在の音楽業界への失望についても言及されている。

この業界への失望、戸惑いの部分は非常に耳の痛い指摘ばかりだった。過去を超えられず、どんどん縮小していく様子も出版業界にそのままあてはめられるものだったからだ。

 

 

音楽業界にとって、「1998年」がいい意味での「特別な年」だとするなら、「今」が悪い意味での「特別な年」といえるのかもしれない。

著者の感じる「今への危機感」は現状に甘んじている全ての人に何かしら響くところがあるはずだ。

 

 

当時はよかったなあ……などと感傷に浸るのではなく、「当時を超える」ために何ができるかを考えなくてはならないと教えてくれる一冊だった。

 

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