現役編集者の書評ブログ

ビジネス書の編集をしています。読んだ本を不定期で紹介します。

【書評】『本屋になりたい: この島の本を売る』宇田智子

新刊と古本、出版社と古本屋

「出版社の人って、古本屋が嫌いなの?」と聞かれることがある。きっと、古本屋が本を安く売ることで、新刊が売れなくなってきているというイメージがあるのだろう。

 

 

確かに、「1円の古本」のせいで新刊が売れない! などと苦言を呈す人もいるし、古本屋と出版社の関わり方については、何かと話題になっている。

 

 

ただ、僕自身仕事をしていくうえで、古本屋を使うことも多い。編集している本の参考文献や関連書籍を全て新刊で用意しようとすると、コストがかかりすぎるし、既に絶版となっていて手に入らないこともあるので、よく古本を利用している。

 

 

それに、新刊を買うお金がなかった学生の頃からずっとお世話になり、僕の読書の下支えとなってくれた古本屋を嫌いだなんて言うことはとてもできない。

いろんな立場の人(特に子ども達)の読書体験を支えるという意味で、古本屋が果たす役割はとても大きいと思う。

 

 

でも、僕は古本屋で働いたことがないので、「新刊を扱う側」からの一面的な見方しかできない。もしかしたら、古本を扱う人たちは全然違う考え方をしているかもしれない。

 

 

今回紹介するのは、東京の大型書店から沖縄の小さな古本屋へと移り、「両面」からの景色を見てきた人が「新刊と古本」「本屋と人」について綴ったエッセイだ。

 

 

『本屋になりたい: この島の本を売る』

書名:本屋になりたい: この島の本を売る

著者:宇田智子

出版社:筑摩書房 (2015/6/8)

ISBN:9784480689399

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東京の大型書店で書店員として働いたのち、沖縄の市場通りで小さな古本屋の店主となった著者が「新たな本の世界」で奮闘する様子が綴られている。

 

 

東京の大型書店と沖縄の小さな古書店。同じ本を扱う仕事でも、著者の宇田さんはかなりのギャップを感じるが、何かと気遣いをしてくれる同業の人達に支えられながら少しずつ古本屋の仕事に馴染んでいく。

 

 

本書はその過程が優しい語り口で丁寧に描かれていて、読み物として楽しみながら、出版業界のことや本と人の関わりについてもじっくり考えることができる。

 

 

僕が読んでいて面白いなと感じたのは、「東京と沖縄」と、「新刊と古本」の2つのギャップについてだった。

 

 

まず、「東京と沖縄」について。

沖縄では、なんと本の「地産地消」が行われているという。これは、沖縄には独自の文化が発達していて、県外で出された本とは違ったニーズがあるため、そのニーズをかなえる本を県内の出版社が作っている、ということらしい。

確かに、東京の暮らしの知恵が沖縄でも同じように役に立つとは限らない。その気候・文化に合った本というのは、県内の出版社にしか作れないのかもしれない。

 

 

また、流通の問題もあるようで、アメリカの統治下であった1972年以前は送料も手間もかかり、「作った方が早い」と考えられていたようだ。今も県外で出版された本は4日程度遅れて届くそうで、そのタイムラグも「地産地消」の後押しとなっている。

 

 

この「地産地消」の現状は本書を読むまで全然知らなかった。地方の出版社が地域密着の本を作ってきたというのは何となく知っていたが、県内の出版社がこれほどまでに大きな部分を担っているとは思わなかった。

つくづく、東京中心の近眼的な見方になっていることを思い知らされてしまう。

 

 

次に、「新刊と古本」についてだが、新刊の場合、「出版社→取次→書店」という流れで読者のもとに本が届けられる。取次とは出版社に代わって本の流通を一手に担う会社だ(今は取次を介さずに直接書店とやり取りする「直取引」をする出版社も増えてきている)。

 

 

しかし、古本は基本的に出版社とのやり取りはなく、いったん流通した本を仕入れることになる。取次が本を運んできてくれるわけではないため、自分から自発的に動かなくてはいつまで経っても本を集めることができない。

 

 

また、新刊は基本的に値段が決められているが、古本は自由に値段がつけられる。

一冊1円だろうと10万円だろうと、どんな値段をつけるのかは全て売る側にゆだねられている。

 

 

宇田さんも最初はこの「仕入れ」と「値段つけ」に戸惑いを感じたようだったけれど、自分が選んだ本だけで棚を作ったり、需要を見極めて適切な値段を決めたりと、その戸惑う部分に古本屋の面白さを感じているようだった。

 

 

現在、新刊は1日200冊刊行されている。どんなに本に精通した書店員であっても、全ての新刊を把握することは絶対にできないだろう。ブックオフなどの一部の大型チェーンを除いて、自分の集めた本を扱う古本屋は、「大きくなりすぎない」からこその良さというのがあるのだと思う。

 

 

こうやって違いばかりを強調すると、やっぱり新刊を扱う側と古本を扱う側には深い溝があるのか……と思われるかもしれないが、宇田さんは最近、この2つの隔たりがなくなってきているのを感じるという。

 

お客さんが新刊書店と古本屋を行き来するように、新刊書店と古本屋の人たちも、以前より隔てなくつきあえるようになってきたように感じます。同じ本屋として補いあっていけたら、新刊書店も古本屋も好きな私はほんとうに嬉しいです。

 

こういった2つが交じり合う流れは、出版界にとって非常に良い傾向だと思う。

東京と沖縄。新刊と古本。宇田さんはこれまで関わりの薄かった2つを経験している出版界で最も「グレーな人」と言えるかもしれない。

 

 

宇田さんの独自の経験から語られる本書は、古本屋と出版社・書店との関わり方について色々な見方・考え方を教えてくれる。

本好きの多くの人に読んでもらってみんなで「グレー化」を進めていけたらいいなあ……と思う。

 

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