【書評】『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』田中圭一
人生を変えた一冊、これから変えてくれる一冊
「人生を変えた一冊」というとどんな本を思い浮かべるだろうか。
僕の場合、読書の原体験になってくれた『車のいろは空のいろ』(ポプラ社)シリーズとか、読むたびに熱い気持ちを呼び起こしてくれた『キャプテン』(集英社)とか、たくさん挙げられそうだけれど、もし一冊だけということであれば『データはウソをつく』(筑摩書房)を選ぶだろう。
「因果関係と相関関係の違い」や「誤解を起こさせるグラフ」など、情報を正しく見極めるために大切なことを学べたのはもちろん、もっと勉強になったのは「世の中の人は僕らに勘違いさせようとしてウソをつく」というのを知れたことだ。
純真無垢だった僕は、世の中の人や情報はネットなどの一部を除いてほとんど真実だと信じ込んでいた。しかしこの本を読んで、テレビに流れるCMや、新聞に載っている広告なども正しくないこともあると知り、がつんとなぐられたような衝撃を感じた。
それからというもの、見聞きしたものに対して一度「それって本当かな?」と立ち止まって考えることが多くなった。
おおげさなことを言わせてもらえれば、今編集者という仕事に就いているのも、この本に出合って、情報を自分の中で反芻することの重要性を学んだからかもしれない。
僕みたいに本から考え方や生き方を変えるような影響を受けた人も多いだろう。
僕も編集者として誰かの人生にいい影響を与えるような本を作り、お世話になった本に対して恩返しをしていけたらいいなあ……と思って日々仕事をしている。
今回紹介する本も、たくさんの人にいい影響を与えたい、苦しんでいる多くの人を救いたい、という著者の想いが伝わってくるような本だ。
『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』
著者:田中圭一
出版社:KADOKAWA (2017/1/19)
ISBN:9784041037089
12万部を突破した話題の一冊ということで書店で見かけた人も多いかもしれない。
一旦はうつによってどん底の日々を過ごしながら、なんとかその「トンネル」を抜けた作者が、自身の経験と、他のうつ経験者へのインタビューを漫画にまとめた一冊だ。
本書で紹介されている人たちは仕事も経歴も様々だけれど、作者は彼ら一人ひとりの「うつヌケ」までの経験を丁寧に分析し、「うつ」の原因と対処法をまとめている。
彼らはみな能力が高く、仕事でも抜群の成果を出している。しかし、うつになって仕事を続けることができず、「再発」におびえながら暗いトンネルをさまようような日々に陥ってしまう。その様子は、うつの恐ろしさと「うつヌケ」の難しさを感じさせる。
かなり重苦しい内容ではあるのだが、パロディ漫画家として活躍する作者による、親しみのある絵とキャラクターが絶妙な軽さを与えてくれて、そこまで深刻にならずに読み進めることができる。
作者をはじめとする10人以上の「うつヌケ」体験を学べる本書は、うつで苦しむ人にとっては心強い仲間・先輩を見つけたような気持になるのではないかと思う。
この本に書かれているエピソードなのだが、作者が自分で発見したうつの波が来る日をTwitterで知らせたところ、そのツイートは5000RTを越え、多くの人から感謝のことばが寄せられたという。
本書はそのツイートの何倍もの情報量が詰め込まれていて、たくさんの人にとっての「救いの一冊」となることは間違いない。
数年後「あなたの人生を変えた一冊は?」というアンケートを取ったときに、この本のことを多くの人が挙げるのではないか、と思ってしまうような素晴らしい本だった。12万部と言わずもっともっと売り伸ばして、一人でも多くの人の元に届いてほしいと思う。