【書評】『いまさら翼といわれても』米澤穂信
学生時代の「小さな痛み」
学生時代というのは、後悔を積み重ねる時期なのかもしれない。
トラウマなんていう大げさなものではないけれど、今でもふとしたきっかけで思い出して、小さな痛みを感じることがある。
陰口が本人の耳に入ってしまい、孤立しかけた中学時代も、
意見の食い違いから退部者を出してしまった高校時代も、
今だったら、時間が解決してくれると開き直ったり、仕方のないことだと諦めたりできるようなことも真剣に悩み、苦しんでいた。
そのときの気持ちが小さな痛みとなって今でもフラッシュバックしているのだと思う。
僕が悲観的なだけかもしれないが、学生時代の記憶を掘り起こそうとすると、楽しかったことよりも、辛かったこと・悲しかったことを中心に思い出してしまう。
そんな調子だから、学生生活を描いた物語でも、「全力で青春を楽しんでます!」というものよりも、人間関係に悩んだり、自分の気持ちを持て余したり、そういうもののほうがよりリアルに感じられるし、おもしろいと思う。
『いまさら翼といわれても』
書名:いまさら翼といわれても
著者:米澤穂信
出版社: KADOKAWA (2016/11/30)
ISBN:9784041047613
累計200万部を突破している「古典部シリーズ」最新作。古典部の4人を取り巻く6篇の青春ミステリが収められている。
米澤さんの描く青春ものの魅力は何と言っても、人間関係の緻密さ、リアルさだと思う。主人公中心のご都合主義で話が展開していくのではなく、登場人物全員が自分の考えに従って行動し、そこから生まれる軋轢や謎を丁寧に描写していく。
前作『ふたりの距離の概算』(調べたら刊行は6年も前だった……)では、マラソン大会を舞台に、新入生と古典部の4人の人間関係をじっくり描いていく長編だったが、今作は短篇集ということで、1篇ごとに多種多様な人間模様が描かれている。
- 里志が生徒会長選挙開票の際に起こった謎を奉太郎に相談する「箱の中の欠落」
- 中学時代に奉太郎が学校中から恨まれる原因となった事件について摩耶花が調査する「鏡には映らない」
- 英語教師が授業中にした不思議な発言の謎を解き明かす「連峰は晴れているか」
- 摩耶花の盗まれた漫画ノートを巡る物語「わたしたちの伝説の一冊」
- 奉太郎が省エネ主義のきっかけとなった事件を語る「長い休日」
- 急に姿をくらましたえるの足取りを追う表題作「いまさら翼といわれても」
米澤さんによる緻密な人間関係が短篇の数だけ楽しめるのだから、贅沢な一冊だ。
それに、これまでの古典部シリーズを読んできた人ならわかりきっていることだと思うが、どの話も単なる「日常系ミステリ」ではなく、僕らが学生時代に感じていたような友達付き合いでの違和感や、自分の思い通りにならないやるせなさなど、どこかほろ苦いテーマが扱われている。
これまでの古典部シリーズの「お約束」は踏襲しつつ、奉太郎の過去やえるの将来など、重要な展開も見せる今作は、古典部ファンはもちろん、初めてこのシリーズを手に取る人の「入門書」としても最適な一冊かもしれない。
このペースだと、まだまだ完結には時間がかかるかもしれないが(ちなみに小市民シリーズの「冬季限定」はどうなっていますか……?)、一生応援し続ける覚悟で気長に次回作を待ちたいと思う。