【書評】『沈みゆく大国アメリカ』堤未果
想像力のなさ
忘れられない後悔がある。
中学の頃からずっと仲の良かった友達がいた。高校も大学も別々だったけれど、事あるごとに彼の家に遊びに行って、ゲームをしたり、漫画を読んだり、くだらないことをして過ごしていた。
俺ら一生友達だよな! なんて約束を交わしたわけではなかったけれど、これからずっとこの距離感で付き合っていけるだろうと思っていた。
しかし、それは僕だけだったのだ。
いつものように、彼の家に遊んでいると、いきなり「俺はお前が許せないし、信用していない」というようなことを言われた。
突然のことで、何も言えなかったが、彼の話を聞くと、僕が何年も借りているゲームを返さないことにずっと腹を立てていたのだという。
確かに、会うたびに「あのゲーム返せよ」と軽い調子で言われていたが、彼とはよく会っているし、いつでも返せるだろうと高をくくって、「次持ってくるから!」と毎回答えていた。
彼は少しずつ怒りをため、それがついに我慢しきれなくなってしまったようだった。
すぐにゲームは返却して、全力で謝ったが、これがきっかけでなんとなく疎遠になってしまい、もう彼とはしばらく会っていない。
こんなふうになってしまったのは彼の怒りに対する僕の「想像力のなさ」が原因だと思う。「ゲームくらいいつだって返せる」と考え、彼もそう思っているに違いないと決めつけていた。
そうやって会うたびにのらりくらりと、返すそぶりの見せない僕に彼はずっと怒りをためてきたのだろう。
もし、僕が少しでも彼の怒りについて考えを巡らせていることができれば、こんな最悪の形になってしまうことはなかっただろうし、彼とは一生の付き合いになったかもしれない。
「相手の気持ちを慮る」――道徳の授業で何回指導されるよりもこの一回の後悔が何倍も勉強になった。
『沈みゆく大国アメリカ』
書名:沈みゆく大国アメリカ
著者:堤未果
出版社: 集英社 (2014/11/14)
ISBN:9784087207637
アメリカ社会の現状を入念に取材したルポに定評がある堤未果によるノンフィックション。
2008年に岩波書店から出版された『貧困大国アメリカ』では、アメリカ社会の問題・歪みが複数取り上げられていたが(これも衝撃的な内容なので多くの人に読んでもらいたい)、今作は「オバマケア」のみに焦点を当て、その姿を徹底的に描いている。
「オバマケア」と聞いて、その中身を説明できる日本人がどれだけいるだろうか。
中には、日本の国民皆保険と同じようなもので、国民全員を救う新しい制度だと、好意的な印象を持っている人もいるのではないだろうか。
(この本を読むまでは僕自身がそのような印象を持っていた)
しかし、著者がインタビューに答えている人は「オバマケア」でこれまでの生活を壊されてしまった人ばかりだ。
保険料の負担が今までの何倍にもなり、自己破産にまで追い詰められてしまった家族。
保険会社の定めたルールに縛られ、回復の見込みのない患者を切り捨てるようになってしまった医者。
「オバマケア」によって、製薬会社と保険会社、そしてウォール街の金融機関が人の命を「商品」として扱うようになってしまった現状が、人々の「怒りの声」からあぶり出されていく。
この怒りの声を聞くと、先に行なわれた大統領選挙のことをどうしても思い出してしまう。
日本のマスコミは、トランプ氏がうまく国民を煽ることで、勝利を手にしたと報道されているが、それは違うのかもしれない。
本書で紹介されているような国民の怒りの声が、トランプ氏を押し上げたのだ。
現行の制度への強い怒り、変化を求める大きな願いが、国を動かしたのだ。
この選挙の結果をポピュリズムによるものだとしてしまう(あろうことか「衆愚」などという言葉まで持ち出されている)のは、特定の一面しか見えていない考えだということを知った。
日本にだって、このような怒りを感じている人がいるはずだ。そのような人たちの現状・思いをすくい上げる想像力のなさがなければ、アメリカの二の舞になってしまう。
筆者のように、社会の中で生まれる怒りに目を向けられる側の人間が増えるように、一人でも多くの人にこの本を読んでほしい。