現役編集者の書評ブログ

ビジネス書の編集をしています。読んだ本を不定期で紹介します。

【書評】『夢を売る男』百田尚樹

自費出版」と「商業出版」

リアル鬼ごっこ』と『B型自分の説明書』。

どちらも数十万部売れた大ベストセラーだから、タイトルを覚えている人も多いだろう。実は、一見何の関係もなさそうなこの2冊にはある共通点がある。

 

それは、「自費出版本」だということだ。『リアル鬼ごっこ』も『B型自分の説明書』も、文芸社という自費出版を主に取り扱っている出版社から刊行されている。

自費出版とは、読んで字のごとく著者自身が費用を負担して本を出版することだ。出版社がすべての費用を負担し、著者に印税を支払う商業出版と対をなすようなシステムだといえるだろう。

 

自費出版と商業出版の一番の違いは「顧客」だ。

自費出版では、基本的に著者に出してもらう出版費用の一部から利益を得る。そのため、著者が「お客様」でもあるということになる。

もちろん、『リアル鬼ごっこ』のように大ベストセラーになれば、本の売上が大きな利益となるが、そのような本はごく一部。だから売上に関係なく、著者からもらう料金だけで黒字が出るようなビジネスモデルが構築されている。

 

一方、商業出版では、「読者=顧客」ということになる。出版社がすべての費用を負担するため、著者は「お客様」ではない。本の売上がそのまま利益になるため、作った本が売れなければ赤字になってしまう。

 

 

本づくりの姿勢の違い

この違いは本作りの姿勢にも違いが現れてくる。

自費出版の場合は、著者の理想を叶えることが第一になってくる。編集者がアドバイスをすることもあるようだが、最終的には著者の意見を尊重する。一番お金を払っているのが、著者なのだから当然だろう。

 

 しかし、商業出版では著者の理想をすべて叶えるというわけにはいかない。「著者の作りたい=読者が求めている」とは限らないからだ。著者がどんなに満足しても、読者がお金を払ってくれるような本を作らなければ、利益を出すことはできない。だから、たとえ著者からの要望であっても、編集者はときにそれを突っぱねることが必要になる。

 

自費出版があるからこそ、売上に縛られない自由な本づくりができるし、商業出版があるからこそ、読者目線の本づくりができる。どちらも出版界の多様性を支える重要な要素になっているのだろう。

 

今回紹介するのは、自費出版の世界で著者候補たちに「夢を売る」仕事をしている男の物語だ。

 

 

 

『夢を売る男』

書名:夢を売る男

著者:百田尚樹

出版社:幻冬舎 (2015/4/3)

ISBN:9784344423190

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現代の大ベストセラー作家のひとり、百田尚樹。彼が今作で取り上げたのは「自費出版」の世界だ。

丸栄社」の敏腕編集長牛河原の仕事は、本の出版を夢見る人々に「ジョイント・プレス」という提案を持ちかけること。出版費用を著者と出版社が折半することで、本を出すことができますよとささやくのだ。

「著者候補たち」は牛河原の巧みな話術に誘導され、その話にすぐさま食いつく。彼らは自分もベストセラー作家の仲間入りができるかもしれないと期待するが、実際作った本はほとんど書店に並ばない。思い描いた「夢」が成就することは決してないのだ。

美辞麗句を並べ立て、著者に正しい説明をしない牛河原に、部下の編集者たちは疑問を投げかける。しかし彼はそのたびに「夢を見るには金がいるんだ」と嘯く。

 

 

 

漂う「不気味なリアル感」

徹底的に調査を重ね、フィクションとノンフィクションの境目を曖昧にしていくという著者の執筆スタイルが本書でも存分に発揮されている。

『永遠のゼロ』や『海賊と呼ばれた男』などは、過去の出来事がテーマであったため、どこか傍観者のような感じで読み進められる。

しかし、今回は現代が舞台ということで、今このときにもどこかで「著者候補たち」への勧誘が行なわれているのだというある種不気味なリアル感がある。

僕の周りにも、自費出版によって本を出した人が何人かいるけれど、彼らはその実情を正しく理解していたのだろうか。とても怖くて聞けない。

 

 

小説誌は「出版界のガン」

本書では自費出版の内情が❝怖いほど❞明らかになっているけれど、それだけに飽き足らず、著者は商業出版に対しても牙をむく。

登場人物の牛河原は、ほとんど読者がいない小説誌を「出版界のガン」と言い切り、売れない文芸を私企業が支えている構図を痛烈に批判する。

 

呆れるのは、純文学系の編集者の中にも、自分は文化的な価値ある仕事をしていると勘違いしている馬鹿が少なくないことだ。作家でもないのにクリエイター気分で、これは出す価値がある本だと主張して強引に出版する。で、出版社は大赤字だが、著者と編集者はどこ吹く風だ。むしろ売れないのは世間が悪いと思っている。

 

著者が登場人物を介して語っていることは至極もっともで、出版関係者としてはかなり耳が痛い。

 

小説の形にはなっているが、自費出版と商業出版の現状がこれほど俯瞰的にまとめらているものは他にないのではないかと思う。

物語としても楽しめ、出版界のことにも詳しくなれる、百田さんらしい「一粒で二度おいしい」本なので、こういった世界に興味がある人にはぴったりはまる一冊になるはずだ。

 

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