現役編集者の書評ブログ

ビジネス書の編集をしています。読んだ本を不定期で紹介します。

【書評】『生涯投資家』村上世彰

僕ら凡人の「天才叩き」

僕らはみな「天才」に厳しい。

地動説を唱えたガリレオ・ガリレイを断罪してからというもの、人類は何度も何度も同じ過ちを繰り返している。

 

 

 「天才」は僕らには見えていない真実や未来が見えている。しかし、ほとんどの人はそれらを理解できない。

彼らが主張していることは多くの凡人にとって、全くの虚言や、危ない陰謀論のように感じられてしまう。僕らは数の暴力によって、その「虚言」を徹底的に叩き、なかったことにする。

たとえ理解できないにしても、もし、彼らの言うことに少しでも耳を傾けることができていたら、この世の中はもっとよいものになっていたはずだ。

 

 

過ちを繰り返さないために

「天才叩き」問題は、何も歴史上の話だけじゃない。僕らが現在進行形で拒絶している人や物の中に、真実が隠されているかもしれない。

よくわからないものには近づきたくないから拒絶しよう。これは当然の反応だ。しかし、その行動指針によって間違った方向に進んでしまうこともあるのを自覚すべきだと思う。

 

今回紹介する本は、10年前僕らが徹底的に叩いてしまったある天才が綴った一冊だ。

 

 

 

『生涯投資家』

書名:生涯投資家

著者:村上世彰

出版社:文藝春秋 (2017/6/21)

ISBN:9784163906652

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 2006年にインサイダー取引を行なった容疑で逮捕され、その後表舞台から姿を消した村上世彰氏。彼と彼が率いた投資ファンドは当時、マスコミから猛烈なバッシングを受けた。連日の過熱報道を覚えている人も多いだろう。

本書は、そんな村上氏の初の著作(そして最後の著作でもあるそうだ)であり、彼が歩んできた半生と、今の日本企業の現状、そして経営者への提言がまとめられている。

 

 

彼は本当に「金の亡者」なのか?

世間では村上氏に対して、「金の亡者」「乗っ取り屋」などのようなイメージが定着している。僕も例に漏れずそのような印象を持っていた。

しかし、彼は金儲けだけではなく、ある理念を持って投資の世界に飛び込んだという。

 

私は大学で法律を学んで役所に勤めた人間だから、ルールを遵守する世の中であってほしいと考えている。資本主義のルールを守らなければ国の経済はよくならないし、経営のルールであるコーポレート・ガバナンスを守らなければ企業は存続する意味がない。しかし、日本の会社では、違う実態がうごめいていた。そこを私は正し、日本の社会を変えたかった。

 

コーポレート・ガバナンスとは、企業において株主の利益を最大化するような経営が行なわれているか、株主自身が監視するための制度だ。

この制度の根底には、「企業は誰のものか」という問いがある。「経営者」と答える人が多いかも知れないが、それは違う。企業は「株主」のものなのだ。経営者は株主から委託を受けて企業経営を行なっているにすぎない。

 

村上氏は日本の経営者の多くがそのことを誤解している、と指摘する。上場しているのにもかかわらず、株主のことを無視し、まるでオーナー企業のように振る舞い、自らの保身を最優先にしているのは絶対におかしいと。

村上氏は日本にコーポレート・ガバナンスを浸透させ、日本経済を健全に発展させるために、自らが「物言う株主」となり、企業に働きかけていくことを決意する。

そのために、設立したのが「村上ファンド」というわけだ。

 

 

村上氏が成し遂げたかったこと

「物言う株主」になって自分の意見を通すためには、相当な割合の株式取得が必要になる。村上氏は、東京スタイルニッポン放送阪神鉄道など、改善の余地があると感じた企業の株式を取得し、経営陣に働きかけていく。

 

「コーポレート・ガバナンス」を理解していない人達がこうした活動を「乗っ取り」などと揶揄して大騒ぎしたようだ。僕らもまんまとそれに引きずられ、村上氏のことを悪者扱いしてしまっていた。

そして2006年6月、ニッポン放送株をめぐるインサイダー取引容疑で逮捕された村上氏はファンドを解散し、表舞台から姿を消す。

 

 

いまさらになって正しさに気づく

本書全体から伝わってくるのは、目指してきたことを成し遂げられなかったという悔しさと、自分の考えは間違っていなかったという自信だ。

確かにいまさらになって、日本でも株主の権利向上が叫ばれるようになってきた。

村上氏は10年以上先を見通して活動していたということだろう。

 

しかし、僕たちは村上氏を受け入れることができず、壮絶なバッシングの末、日本から追い出してしまった。

バッシングは家族にまで及び、ある悲劇的な出来事が起こってしまう。それが本書執筆の大きなきっかけとなったようだ。

 

 

問いかけ続けなくてはならないこと

もし、村上氏が第一線で活躍し続けていたなら、日本経済ももう少し明るい状況になっていたかもしれない。僕らは日本の未来を見据えていた1人の天才を引きずり降ろしてしまったのだ。

 

本書は10年前、あの騒動を目撃していた全ての人間が読まなくてはならない本だと思う。そして問いかけ続ける必要がある。「僕らはいま、第二の村上世彰を生んでしまっていないか」と。

 

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