現役編集者の書評ブログ

ビジネス書の編集をしています。読んだ本を不定期で紹介します。

【書評】『バッタを倒しにアフリカへ』前野ウルド浩太郎

なぜ、あの人は“夢中”になれるのか?

「すべてを捨てられるほど夢中になるものがある」という人がものすごく羨ましい。

夢中になれるかどうかなんて全部自分の問題で、他人を羨むなんてお門違いだとわかっている。

しかし、本で、テレビで、映画で、情熱に突き動かされるようにどんどん行動している人を見ると、どうしても羨望の気持ちが沸き起こってくるし、自分との差を感じて胸の中で小さな痛みのようなものを感じる。

 

 

 夢中になれるものはあるけれど……

夢中になれるものがないわけではない。

少しでもいい原稿にしようとあれこれ整理していたり、カバーのデザインをいろいろ考えていたりすると、あっという間に時間が経っていることがある。

ただ、編集だけできれば、他にも何もいらないの? 全てを投げ打ってでも続けたいの? と聞かれれば、正直「それはムリだな……」と答えてしまう。

 

今の仕事は好きだけれど、「他の全てを捨てられるほど」ではない。これが僕の現状だと思う。この業界には、「ワーク」に全てを捧げて、「ライフ」はどこに行ったの? という人がたくさんいる(そして、そういう人が圧倒的に成果を出している)から、このままでいいんだろうか、と焦りを感じてしまう。

 

 

自分を鼓舞してくれる一冊

仕事は楽しいんだから、思い切って飛び込めばいいのに、先のことを考えて足がすくんでしまっている現状には、我ながら情けなさを感じる。

そしてさらに情けないことに、自分だけでは飛び込めそうもないから、「夢中で頑張っている」人達の本を読んで、彼らの熱い気持ちに触発されようとしている。

 

今回は、僕のように前に進みたいのに立ち止まってしまっている人のために、最も「熱い気持ち」を呼び起こしてくれた一冊を紹介したい。

 

 

 

『バッタを倒しにアフリカへ』

書名:バッタを倒しにアフリカへ

著者:前野ウルド浩太郎

出版社:光文社 (2017/5/17)

ISBN:9784334039899

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突然だが、「バッタ」に対してどんなイメージをお持ちだろうか。子どもの頃に夢中になって追いかけた光景を思い出す人もいるかもしれない。

 

 僕らはもう夢中になって虫を追いかけたりはしないけれど、大人になった今でも全力でバッタを追い続ける男がいる。それも日本から遠く離れた西アフリカの国・モーリタニアで。

 

本書は昆虫学者を志す若手研究者が異国の地でバッタに戦いを挑む様子を克明に記録した、科学冒険ノンフィクションだ。

 

 

「砂漠のバッタ」に挑む「日本の秋田人」 

 「バッタと戦う」という部分に違和感を覚える人も多いだろう。しかし、アフリカでは、人間とバッタの文字通り「命がけ」の戦いが行なわれているのだ。

 

アフリカに生息するサバクトビバッタはしばしば大発生し、大群をなして農作物を食い荒らし、深刻な飢饉を引き起こしている。人間はGPSや殺虫剤など最新のテクノロジーを駆使して対応しているが、根本的な解決策は見つかっていない。

 

秋田出身の研究者前野ウルド浩太郎(彼は純日本人だが、研究所の所長から「ウルド」の名を授かっている)は、サバクトビバッタの駆除法を開発し、アフリカを危機から救うために、単身モーリタニアに乗り込む。

 

 

彼の夢――「バッタに食べられたい」

このような紹介をすると、前野氏の崇高な想いに胸を打たれてしまうだろう。だが、彼にはもう一つバッタに関する大きな夢があった。

 

その夢とは、「バッタに食べられたい」というもの。

……僕ら常人には理解できない発想だ。

 

虫を愛し、虫に愛される昆虫学者になりたかった。それ以来、緑色の服を着てバッタの群れに飛び込み、全身でバッタと愛を語り合うのが夢になった。

 

 人類を救うような発見をし、昆虫学者として生きていく足掛かりにしたいという野望と、バッタに自分を食べてもらいたいという個人的な夢を抱え、彼はモーリタニアにある研究所で研究生活を開始する。

 

 

異国での「バッタ研究生活」

彼は研究対象=サバクトビバッタを追い求めて、相棒のティジャニとともに、サハラ砂漠を縦横無尽に車で駆け回る。

フィールドワークのデビュー戦では、いきなりバッタの群れに遭遇するなど、かなりの成果を挙げることに成功し、新天地での研究に手ごたえをつかんでいく。

 

絶好調で始まった研究生活だったが、徐々に暗雲が立ち込める。

なんと、モーリタニア全土が、これまでにも例がないほどの「干ばつ」にみまわれ、バッタが砂漠から姿を消してしまったのだ。

フィールドワークに繰り出しても空振りに終わることが増え、前野氏の焦りは募っていく。

 

ただ、バッタが見つからないからと、「ゴミムシダマシ」の観察へと浮気したり、現地の子供達に向けて「バッタ高価買取キャンペーン」を実施したり、「ハリネズミ」をペットにしたり、様々な活動にいそしむ様子はどれも面白い。

 

 

彼を襲う「無職の恐怖」

そんなどん底ともいえる状況から少し抜け出し、バッタもちらほら現れるようになった頃、新たな危機が前野氏を襲う。「日本学術振興会海外特別研究員」の任期満了が近づいてきたのだ。この任期が終わると、支援が打ち切られ、収入源が絶たれてしまう。

 

次の就職先が決まっていなかった前野氏は、一時日本に帰国し、新たな収入源の確保に奔走する。本書の第二部ともいえる「就職活動篇」の始まりだ。

彼が目を付けたのが、京都大学の「白眉プロジェクト」だった。これに選ばれれば、安定した給料を得つつも、研究を続けることができる。

 

 

「一人の人間としてあなたに感謝します」

彼はモーリタニアでの研究や、ニコニコ学会βへの登壇などのバッタ啓蒙活動を存分にアピールし、京都大学、松本総長との最終面接へとこぎ着ける。

その面接でこんなやり取りがあったそうだ。

 

「前野さんは、モーリタニアは何年目ですか?」

という素朴な質問が来た。

「今年が3年目です」

それまではメモをとったら、すぐに次の質問に移っていた総長がはっと顔を上げ、こちらを見つめてきた。

「過酷な環境で生活し、研究するのは本当に困難なことだと思います。私は一人の人間として、あなたに感謝します」

 

こんなことを言える人がいまの日本にどれだけいるのだろう。前野氏の活動の尊さと、松本総長の人間的大きさが垣間見える素晴らしいエピソードだと思う。

 

 

「人のため」より「自分のため」

この最終面接の結果、見事プロジェクトに合格した前野氏。それを待っていたかのように、モーリタニアでは、バッタの大発生が起きていた。彼は長年の夢を叶えるために、緑の服に身を包み、バッタの大群へと身を投じる……。その結果何が起こったのかは実際に本書を読んで確認してほしい。

 

本書を読んで、僕は前野氏ほど「自分のため」に行動していないことに気づかされた。確かにバッタの研究は人類を救うことに繋がるかもしれない。しかし、砂漠でバッタを追いかけているとき、彼は「人のため」なんて忘れて、「自分のため」に全力を尽くしている(ように見える)。

 

やっぱり、夢中になるエネルギーは「自分のため」に動くことで生まれるようだ。

前に進みたいのに、なかなか一歩を踏み出せない人は本書を読んで、前野氏の「バッタに対する熱い気持ち」をおすそわけしてもらうとよいかもしれない。

 

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