現役編集者の書評ブログ

ビジネス書の編集をしています。読んだ本を不定期で紹介します。

【書評】『新版 動的平衡: 生命はなぜそこに宿るのか』福岡伸一

「わかりやすさ」だけでいい?

ビジネス書を編集する上でよく言われるのが、「わかりやすさを最重視せよ」ということだ。

一文は短く、難解な言葉や表現は避ける、簡潔にまとめる……など、とにかく読者が読んですぐ理解できる文章が好ましいとされている。

 

確かに、文学作品とは違い、読者は文章そのものを楽しみたいわけではなく、独自のメソッドやノウハウなど、書かれている内容を知りたがっている。文字はそれを伝える道具だと考えれば、「わかりやすさ」が一番大事だというのもうなずける。

 

 

「本筋」と「脇道」

ただ、売れ筋のビジネス書には、多少回りくどくなったり、本筋から外れてしまったとしても、著者特有の表現や体験談が盛り込まれていることが多い。

単なる情報の羅列ではなく、そういった部分をあえて入れることで、その本にしかない独自性が感じられるよう工夫しているのだろう。

  

実際に、何年か前に読んだ本のことを思い出そうとしたとき、まず最初に、本筋の部分ではなく、印象的な言葉やエピソードが先に思いうかんだりする。

どんなに、素晴らしい内容が書かれていても、エッセンス的な部分がないと、その本は記憶に残らない「素通りされる本」になってしまうのかもしれない。

 

 

バランス」が大切

序論から結論まで、無駄なく進んでいきたいという人に、どうやって「寄り道」させるのか。逆に、書きたいエピソードがありすぎて、結論が全く見えない人をどうやって「ゴール」させるのか。

ここに編集者の力量が現れるのだと思う。

わかりやすさを損ねない範囲で、読者を楽しませる。これに成功している本が、多くの読者から支持を受ける「ベストセラー」となっていくのだろう。

 

今回紹介するのも、「本筋」と「脇道」が絶妙のバランスで書かれている一冊だ。

  

 

 

『新版 動的平衡: 生命はなぜそこに宿るのか』

書名:新版 動的平衡: 生命はなぜそこに宿るのか

著者:福岡伸一

出版社: 小学館; 新版 (2017/5/31)

ISBN:9784098253012

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ベストセラー『生物と無生物のあいだ』講談社)の執筆など、「生命とはいかなる存在なのか」を一般の人向けにわかりやすく伝える活動をしている分子生物学者、福岡伸一先生による新書。2009年に木楽舎から刊行された単行本をベースに大幅な加筆修正が加えられている。

 

 

動的平衡」とは何か?

本書の「本筋」はタイトル通り「動的平衡」だ。これは『生物と無生物のあいだ』の中でも紹介されている生物学用語で、以下のように説明されている。

 

動的平衡とは、合成と分解、酸化と還元、切断と結合など相矛盾する逆反応が絶えず繰り返されることによって、秩序が維持され、更新されている状況を指す生物学用語で、私が生物学者として生命を捉えるとき、生命を生命たらしめる最も重要な特性だと考えるものである。

 

生命は「エントロピー(乱雑さの尺度)増大の法則」により、常に「秩序→乱雑」の方向に進んでいく。その流れに身を任せるだけでは、自らを維持できなくなってしまうため、私たちはエントロピーの増大に先回りして、分解と再構築を繰り返すことで「動的に」秩序を保っているのだ。

しかし、この「動的平衡」もいつかエントロピーの増大に追いつかれ、私たちは自らの秩序を失ってしまう。これが「死」を意味する。

 

 

「アンチ・アンチ・エイジング」

私たちの多くは日々ほとんど変化のない「静的な平衡」の中で生きていると誤解している。しかし、自分の認識できないところでは、全身の細胞のひとつひとつは驚くべき速度で更新されているのだ。

 

この「動的平衡」の視点から、筆者は老化から自らを遠ざけようとする「アンチ・エイジング」に疑問を投げかける。なぜなら、シワを伸ばしたり、頭髪を生やすなど身体の一部分に働きかけようとしても、「動的平衡」により、身体はその作用を無効にしようとしてしまうからだ。

 

「エイジング」とうまく付き合うためには、生命が「動的平衡」を滞りなく発揮できるようにすること、つまり、何もせずに「普通」でいることがいちばん効果的なのだという。著者はそれを「『アンチ・アンチ・エイジング』こそが、エイジングと共存する最も賢いあり方だ」と表現する。

 

このように、本書では、著者が長年の研究からたどり着いた「動的平衡」という生物学的な考え方を、「アンチ・エイジング」などの一般の人たちに身近な例とともに分かりやすく紹介されている。

 

 

苦手な人こそ読むべき一冊

しかし、忘れてはいけないのは、「脇道」的な部分だ。本書には、海外での研究生活時代の経験談や、日露戦争時に軍医であった森鴎外が犯した失敗など、随筆やエッセイのような部分がある。

 

これらは本書のテーマ「動的平衡」とは直接的には関係がない。しかし、ここに筆者の考え方や教養が垣間見えて、まるで、雑談まじりの講義を聴いているかのような感じを受ける。この“雑談”に導かれるようにして、難しい内容にも関わらず、どんどん読み進めていくことができる。

 

文系の人はタイトルを見て、学生当時の苦痛を思い出し、尻込みしてしまうかもしれない。しかし、わかりやすい語り口と、「脇道」的な部分がきっとあなたを支えてくれるので、「生物」や「物理」に苦手意識がある人も思い切って手に取ってみてほしい。

今まで見えていなかった世界の側面が見えてくるはずだ。

 

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