現役編集者の書評ブログ

ビジネス書の編集をしています。読んだ本を不定期で紹介します。

【書評】『本日は大安なり』辻村深月

65点の「ハッピーエンド」

ラストをはっきり描かない小説や映画が発表されると、必ず巻き起こるのが、「ハッピーエンド」「バッドエンド」論争だ。

主人子は家族と再会して幸せに暮らしたはず。いやいや、失意の中死んでいったに違いない……など、話は平行線のまま、また新たな作品の論争へと移っていく。

 

 

僕は昔から主人公が幸せになる話が好きなので(『キャプテン』は五十嵐世代が好きだし、『美味しんぼ』は究極のメニューが勝たないと嫌)、2つの解釈の余地があるなら、ハッピーエンドのほうを支持したい。

 

 

ただ、昔はそれこそ、道徳の教科書に載っているようなこてこてのハッピーエンドが好きだったけれど、最近は現実的な幸せに落ち着くくらいの終わり方のほうが好みになってきた。

 

 

100点満点のハッピーエンドは、光が濃ければ濃い程影も濃くなるように、ー100点の不幸な目にあう人たちが出てきてしまう。

しかも、それを見て見ぬふりをするように、話の中で全く描写しなかったりするので、「主人公たちは幸せだけど、あの人たちは今大変なんじゃ……」などと考えてしまい、せっかくのハッピーエンドに集中できなくなってしまうのだ。

 

 

それよりは、少しの痛み、不幸を伴いながらも、周りの人をあまり傷つけない70点くらいの終わり方の方が安心して読んでいられる、と考えるようになった。

 

 

今回紹介する本はそんな65~80点くらいの幸せを集めた物語だ。

 

 

本日は大安なり

書名:本日は大安なり

著者:辻村深月

出版社:KADOKAWA/角川書店 (2014/1/25)

ISBN:9784041011829

Amazon CAPTCHA

 

平成の売れっ子小説家の一人、辻村深月による結婚式場を舞台にしたエンタメ作品。大安の日に行なわれる4つの結婚式(つまり、4つの物語)が同時進行で描かれる。

 

 

どれだけ多くの出版社から本を出しているかというのは、作家さんの人気のひとつのパラメータだと思う。その点、辻村さんは文芸系のほとんどの大手出版社から、本を出しているから、第一線の人気作家だといえる。

 

 

そんな辻村さんがこの作品で舞台に選んだのが結婚式場だ。“エンタメ史上最強の結婚式小説”と銘打たれている。

 

 

読む前は、結婚式をテーマにした感動オムニバスかな? と思っていたけれど、実際は様々な思惑が交錯する中で行なわれる4つの結婚式を同時に描く、という少し変わった作品だった。

 

 

普通だったら、舞台は同じ式場であったとしても、日付はずらして、独立した短篇として構成するだろう。しかし、辻村さんはあえて4組の結婚式を同じ「大安の日」に集め、同時多発的な一つの長編に仕上げている。

 

  1. 親族でも見分けがつかないほどの美人姉妹(片方が新婦)がある企みを実行に移そうとする「相馬家・加賀山家」
  2. 式場で働くプランナーがクレーマーの新婦に振り回されながらもプロ意識を見せる「十倉家・大崎家」
  3. 新婦のこだわりのティアラが紛失し、ちょっとした騒ぎが起こる「東家・白須家」
  4. 式の開催を快く思わない一人の男が暗躍する「鈴木家・三田家」

 

 以上の4つの物語が同時に、時には絡み合いながら進行していく。

ダメで情けない新郎や、とてつもなくめんどくさい新婦、結婚を快く思っていない参列者など、様々な人の思惑が絡み合い、複雑な人間模様を生んでいく。

そうした複雑な人間模様が生み出す問題が登場人物を右往左往させ、読者をどんどん作品の世界へと惹きこむ。

 

 

 

この作品のすごいところは様々な問題が起き、中には修復不可能と思われるようなところまで向かってしまう式もありながら、なんとか全ての話がハッピーエンドへと着地するところだ。

 

 

どの話も意外な展開を見せつつ、100%の幸せとはいかないけれど、6割5分から8割くらいの幸せにしっかりと向かっていく。

まるで、作者から「やっぱり大安はみんな幸せにならないと!」というメッセージが伝わってくるかのようだ。

 

 

「幸せな結末」が一気に4つも味わえる長編なんてなかなかお目にかかれないので、「ハッピーエンド愛好家」の皆さんにはぜひおすすめしたい。

 

f:id:okokok1120:20170307223828j:plain