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現役編集者の書評ブログ

ビジネス書の編集をしています。読んだ本を不定期で紹介します。

【書評】『ようこそわが家へ』池井戸潤

書評

「型にはまる」って意外と大事?

最近のビジネス書には「型にはまるな!」「没個性になるな!」とよく書かれている。これからは会社の歯車になるような人間に勝ち目はないから自分の強みを見つけて磨きなさい! という主張だ。

 

 

この主張に煽られて、 じゃあ、僕もまだ経験は浅いけど、とにかく会社を辞めて、型にはまらない人生を歩んでやる! と、「会社 辞め方」で検索して、型どおりの辞表を書きだしてしまいそうだけれども、ちょっと立ち止まって考えてみてほしい。

 

 

経験が浅くまったく型を身につけていない人間が「型にはまらない生き方」なんてほんとうに可能なのか。それはみんなから求められる新しい生き方なのではなく、誰からも見向きもされない「支離滅裂な生き方」になってしまうのではないか。

 

 

実は僕らを煽る成功者の経歴を見ると、それなりに型を身につけていたであろう時期があるし、主張をよく聞くと、まずは業界の常識のようなものを身につけるのが大事だと述べていたりする。

 

 

僕らはつい焦って新しい生き方(とそれを推奨する意見)に飛びついてしまいがちだけれども、「型」というのは、意外とバカにできないもので、これまで多くの人が磨いて洗礼してきたものなので、経験が浅いうちは「型にはまる」というのが、力をつける一番の近道といえるのかもしれない。

 

 

今回紹介する本もそういった「型」を上手に生かした本だ。

 

 

『ようこそ、わが家へ 』

書名:ようこそ、わが家へ

著者:池井戸潤

出版社:小学館 (2013/7/5)

ISBN:9784094088434

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下町ロケット』で直木賞を受賞した池井戸潤による長編小説。去年、月9ドラマ化したことで話題になった。

 

 

どこにでもいるような平凡なサラリーマン倉田太一は、ある日の帰宅途中、電車待ちで並ぶ列に強引に割り込もうとした男性を注意し、ちょっとした騒ぎになる。

その後、倉田の家の花壇が荒らされたり、車が傷つけられたり、嫌がらせが相次ぐようになる。倉田は自分が注意した男が仕返しをしているのではないかと考え、家族と協力しながら、その男の行方を追い始める。

それとほぼ同時期に仕事上でも問題が発生する。営業部のエースである真瀬が不正を行なっているのではないかとの 疑惑が持ち上がったのだ。

家族を苦しめている犯人の捜索と、真瀬の不正の証拠探しに奔走する倉田は、追い詰められながらも少しずつ真相に近づいていく――

 

 

といったストーリーだが、顔の見えない犯人がわかりやすい嫌がらせをしてくる、また、身近な人間がよくわからない方法で不正を行なっているかもしれない、という二つの事件が物語の中心になっている。

 

 

匿名の人間と同僚。顕在化している嫌がらせと隠されている不正。対照的な事件が、交互に描かれ、時には関係しながら少しずつその全容が明らかになっていく。

 

 

これだけ性質の違う二つの事件を同時に描いているため、読んでいて場面の転換についていけなかったり、混乱してしまったりするのではないか、と思うかもしれないが、この小説に関してはそのようなことは一切なく、テンポよくどんどん読み進めることができる。

 

 

その話のわかりやすさに一役買っているのが、話の「型」が守られていることだ。

主人公の倉田は犯人・容疑者の更なる嫌がらせ・妨害に苦悩しながらも少しずつ真実に近づいていく。

この構図は二つの事件ともにリンクしているし、どちらもものすごいどんでん返しがあるわけではない。もちろん、物語にはある程度のカタルシスは必要だと思うが、この小説に関しては、僕らが慣れ親しんできたサスペンスの「型」にあえてはめることで混乱することなく読める、という効果をあげている。

 

 

作者の用意してくれた「型」に寄り添いつつ、“身近に潜む恐怖”というテーマを堪能することができる。400ページ越えの長編だが、一気読みしてしまう魅力のある小説だ。

 

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