現役編集者の書評ブログ

ビジネス書の編集をしています。読んだ本を不定期で紹介します。

【書評】『アンネの日記』アンネ・フランク

僕らは「最後の世代」

今は「時代の転換期」だと言われている。

「ポスト資本主義」だとか「人工知能」だとか、時代を変えるようなキーワードが連日マスコミで取り上げられ、僕らはその過渡期を生き抜こうと必死にもがいている。

そうやって時代が移り変わっていく中で、僕らと今生まれてくる子供たちの間に、現在進行形でたくさんのジェネレーションギャップが生まれている。

そんなギャップのひとつに「戦争観」があると思う。

 

 

なぜなら、僕らの世代は当事者から「戦争」について聞ける最後の世代だからだ。

今の二十代は、両親はもちろん戦後生まれだろうが、祖父母は戦時中を知っているという人が多いのではないだろうか。

 

 

僕の祖父母も戦地に行っていないものの、戦争を経験している。

そして、そんなに頻繁にではなかったけれど、雑談の中で戦争の話をしてくれることがあった。

 

 

疎開、空襲、徴兵といった言葉を、歴史の教科書に載せられている情報としてではなく、実際の時代に生きていた人から聞くのは、今になって考えてみると、貴重な経験だったと思う。

 

 

僕にとっての「戦争をしてはいけない」という考えの根拠は、反戦を訴えるテレビ番組を見たことでも、歴史の授業で学んだことでもなく、戦争について語る祖父母のあの何ともいえないやりきれない表情を見たことだ。

 

 

しかし、今生まれてくる子供たちは祖父母の代も戦後生まれが中心だし、周りに戦争を当事者として生きぬいた人はほとんどいないだろう。

そういった人たちから話を聞く機会がないと、第二次世界大戦だって、フランス革命ワーテルローの戦いと同じ「歴史」の一部となってしまう。

現在ですら、戦争が忘れ去られていると言われているのに、今後その傾向はますます顕著になってゆく。

 

 

そういった状況の中で、僕たちは自分が体験していない「戦争」をどうやって後世に伝えていくのか。

「本」がその役目を果たす一番の助けになってくれるはずだ。

 

 

 

 

 

アンネの日記

書名:アンネの日記

著者:アンネ・フランク

出版社: 文藝春秋; 増補新訂版 (2003/04)

ISBN:9784167651336

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小さいころに読んだという人も多いのではないだろうか。

ユダヤ人の少女アンネが戦時中の隠れ家生活を記録した日記。2500万部を超えている世界で最も読まれている戦争記の一つだ。

 

 

この本の貴重さは本当の「当事者」によって書かれているという点だろう。

戦争を後から振り返ったり、資料をもとに第三者が書いたものは数多くあるが、本書は戦争真っ只中に「日記」という形式で書かれている。

 

 

隠れ家生活と聞いて、暗いところで辛い日々を耐え忍ぶといったイメージを抱く人もいるかもしれないが、アンネの生活は、日常に必要なものは一通りそろっているし、ラジオで情報を得ることもできる。

もちろん不足しているものや我慢しなくてはいけないこともあるが、誕生日パーティなど、隠れ家であることを忘れてしまうような楽しそうな日常も描かれる。

 

 

そんな隠れ家日記では、意外にも思春期の少女が誰でも抱くような悩みだったり、不安だったりが中心に綴られている。

自分のことを本当に理解してくれるひとが誰もいない。

自分が将来、どんな人間になって、何を成し遂げることができるのか。

どこかで聞いたことのあるような思春期の気持ちがアンネ自身の言葉で率直に書かれている。

 

 

彼女は自分の成長と未来を14歳とは思えないほど達観した視点とユーモアのある文章で表現する。彼女がもし大人になったら、きっと多くの人を惹きつける文筆家になったことだろう。

 

 

しかし、僕らはアンネが1944年の8月4日にゲシュタポに捕まり、その後収容所で亡くなったことを知っている。

ただ、彼女はそれを知らない。隠れ家を出られたら何をしよう、作家になって多くの人に読まれる作品をかけるだろうか、と存在しない「未来」に夢を膨らませる。

その記述がとてもまぶしく、その分痛ましく、戦争が奪った数多くの子供たちの未来を嫌でも意識してしまう。

最後の日記も潜伏生活の終わりを予感させるものは何もなく、彼女の希望が突然奪われたことの表れのようでしばし呆然とさせられる。

 

 

アンネが遺した日記は、僕らがなかなか表現できない「戦争」について、間違いなく後世に伝えてくれるだろう。

この本は、いつものような「おすすめです!」という軽い紹介ができるようなものではない。これからの時代、一人でも多くの人が「読まなくてはならない」一冊だ。

 

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