現役編集者の書評ブログ

ビジネス書の編集をしています。読んだ本を不定期で紹介します。

【書評】『加害者家族』鈴木伸元

答えのない「対立」

仕事を始めてからすごく難しいと感じることがある。

それは「明確な答えが存在しない」ことだ。

 

 

学生時代は、与えられた問題には必ず答えがあったし、2つの回答があれば、正解により近い方が得点が高いという分かりやすいルールがあった。

 

 

しかし、仕事においては答えが存在することの方が少ない。どんなに情報を集めて論理を組み立てていったとしても、それをあざ笑うかのような正反対の結果が出てしまうことがある。「あんなに苦労して考えたのに……」と嘆いた経験のある人も多いだろう。

そのような状況のなかで、いちばん困るのは意見の対立だ。正解がない分どちらの意見にも妥当性と問題点があるし、何を決め手にするか、非常に難しい。

 

 

例えば、出版界の永遠のテーマとしては「値付け」の問題がある。

定価を高くすれば、もちろん一冊当たりの利益は大きくなるが、読者は手に取りづらくなる。一方、定価を安くすると、一冊当たりの利益は少なくなるものの、手に取ってもらいやすくなる。

 どの出版社も判型、テーマ、著者などから総合的に判断し、価格を決めていると思うが、「これが一番利益が生まれる!」といった明確な答えはなく、どうしても手探りな部分が出てきてしまう。そのため、「答えのない『対立』」が起こりがちになる。

 

 

それでは、「高くするべき」「安くするべき」など2つの意見が真っ向から対立したときにはどうやって最終決定をするのか。

社内でそうした調整が上手な人のやり方を見ていると、まずは相手側の話を徹底的に聞いていることに気づく。そうやって、相手の意見の裏にある根拠を引っ張り出してから、その根拠に応じて、弁証法に持ち込んだり、自分の意見を押し通したり、柔軟に話の進め方を変えているようだ。

 

 

対立している相手の考えを聞くというのは簡単なことではないと思う。しかし、自分の考えが100%正しいなどということはありえないのだから、何かを決める際には必ず踏まなくてはいけない手順なのだろう。

 

 

 

 

 

『加害者家族』

書名:加害者家族

著者:鈴木伸元

出版社:幻冬舎 (2010/11/27)

ISBN:9784344981942

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被害者家族の苦しみについて取り上げるマスコミは多いが、本書ではほとんど光の当たらない「加害者家族の地獄」をテーマに、その過酷な現実を伝える。

 

 

マスコミは何か凄惨な事件が起きた時には、加害者だけではなく、周りの家族にもその事件の責任があるかのような報道をする。

事実、この本に描かれているある被害者家族は度重なるマスコミの取材に耐えかねて、苗字・仕事・居住地のすべてを変え、事件の前とほとんど違う人間として生きることを余儀なくされている。

 

 

本書では、報道による被害に加え、近年はインターネットによる個人情報の流出、誹謗中傷がどれほど加害者家族に苦しみを与えているかも伝える。

「悪者は裁かれるべき」という正義を加害者の家族にまで振りかざし、彼らの人生をめちゃくちゃにしている実態が描かれ、不特定多数の人間が匿名のまま一斉に攻撃してしまう社会の現状を明らかにしている。

 

 

確かに、加害者が事件を起こす前に家族が何かしらの対策を講じることができたケースもあるのかもしれない(少年事件はその典型だ)。しかし、ほとんどの事件は身内が事前に防ぐのは難しいだろう。まさか自分の周りにそんな過ちを犯してしまう人がいるなんて考えもしないからだ。

僕らだって明日には「まさかあの人が……」と信じられないといった表情でインタビューを受けているかもしれない。

 

 

 そうやって考えると、加害者の家族というだけで批判してしまう今の社会には、ひどく危ういものを感じる。自分たちが被害者のために立ち上がる「正義」だとしている人は、自分がもし加害者家族となったときに、自分の話を全く聞いてくれない「正義」に納得できるのだろうか。

 

 

対立する相手を一方的に「悪」と決めつけ、まったく理解しようとしない。僕らと被害者家族という構図は今の社会に蔓延るどこか歪んだ対人関係の象徴ともいえると思う。

僕らに激しい自省を促してくれる一冊なので、ぜひ本書を読んで「人との向き合い方」についてもう一度考え直す機会にしてほしい。

 

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