現役編集者の書評ブログ

ビジネス書の編集をしています。読んだ本を不定期で紹介します。

【書評】『悟浄出立』万城目学

「主役」と「脇役」

「あなたの人生の主役はあなた自身だ」

相手を鼓舞させるための使い古されたフレーズだけれど、いまだに使い続けられているのは、自分が「脇役」的な人生を歩んでいると考えている人が多いからだろう。

どうして僕らはいつまで経っても「主役」になれないのだろうか?

 

それは「人任せ精神」が染み付いてしまっているからだ。

僕らは普段の生活でも、仕事でも、誰かの決定に従うことが当たり前になっている。

検索結果通りの電車に乗り、口コミサイトで上位に来ている店で食事をし、上司に振られた仕事を淡々とこなす。

こんな毎日では、自分が主役だと胸を張れるわけがない。

 

自分で会社を立ち上げ、毎年増収増益を成し遂げているような人達に、仕事で会う機会があるが、彼らは皆例外なく「主役」として生きている。

彼らの話を聞いていると、「誰かの『脇役』にはならないぞ!」とやる気が湧いてくるのだが、一方で「『脇役』に甘んじてしまうのも仕方ないな……」と諦めのような気持ちも持ってしまう。

 

「主役」を生きている人達は、やりたいことにいきいきと取り組んでいるが、その分、どこにも逃げ場のない責任を負っている。

「脇役」として生きていれば、何か失敗したり、被害を受けても、誰かにそれを押し付けることができる。しかし、「主役」の人は吹いてくる逆風を自分の身体一つで受け止めなくてはならない。

 

その苦労話を聞いていると、自分自身で一歩を踏み出すことをどうしても躊躇したくなる。もちろん自分の人生なのだから「主役」として生きたいと思っている。しかし、その際に受けるかもしれない批判や、全てを失ってしまう失敗に縛られ、動けなくなってしまうのだ。

僕のように考えてしまう人がいなくならない限り、先述のフレーズは、名言集の中から消えることはないのだろう。

 

 

 

 

『悟浄出立』

書名:悟浄出立

著者:万城目学

出版社:新潮社 (2014/7/22)

ISBN:9784103360117

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鴨川ホルモー』や『鹿男あをによし』など、歴史を荒唐無稽に解釈しなおした物語で人気を博す著者による短篇集。

今作はこれまでの作品と異なり、ファンタジー色は抑え目に、歴史上の偉人たちの「脇役」にスポットを当て、隠された物語を描いている。

 

表題作の「悟浄出立」では孫悟空の影に隠れた沙悟浄に光が当てられている。

いつものように天竺への途方もない道を歩いていた三蔵法師一行だったが、悟空以外の三人が妖怪に捕らえられてしまう。

囚われの身となった悟浄は悟空の助けを待ちながら、仲間の猪八戒の話を聞き、単なるお気楽者だと思っていた八戒が自分自身の考えを持ってこの旅を続けていたことを知る。

その後、無事助け出された悟浄は、いつものように後ろを歩くのではなく、先頭に立って自らの足で天竺への道を歩き出す。

 

この短篇の主人公である悟浄は、最初はどこからどう見ても「脇役」だ。しかし、最後は「主役」として自らの道を歩み始める。

その一歩を踏み出したときの描写は、「主役」として生きる勇気をなかなか持てない僕らを奮い起こさせてくれるような晴れやかなものだ。

 

その瞬間、俺のなかで少しだけ生の風景が変わったような気がした。

 

この一文を読んで、僕自身も悟浄のように、どんなに責任があったとしても「主役」として生きてみたいと強く感じた。僕のように、「脇役」として生きる人生に危機感を覚えている人はぜひ読んでみてほしい。

 

「悟浄出立」以外の四篇も、偉人たちのそばにいる人物が「主役」として輝く瞬間を著者独自の視点で切り取っている。

読んで面白いのはもちろん、僕らの人生の見方にも影響を与えてくれる、新年に読むのにぴったりな本だ。

 

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