【書評】『夜を乗り越える』又吉直樹
なぜ、本を読むのか?
僕がこの問いに明確に答えられるようになったのは、就職活動がきっかけだったように思う。
当時は面接で話すネタ作りのために、書店に通ったり漫画喫茶に籠ったりして、本や漫画をたくさん読んでいたのだが、正直毎日がかなり辛かった。
大好きな作家、大好きな漫画家の作品も全然頭に入ってこないし、つまらないし、日常の一部だった読書がこれほど苦痛なものになってしまっていることに戸惑っていた。
このまま本を読むのが嫌になってしまったらどうしようと不安だったのだが、幸いなことに、就職活動が終わると、あのときの苦痛はどこへやら、これまで通り「読書好き」に戻ることができた。
この経験から、僕にとって、本を読む理由というのはものすごくシンプルなのだと考えられるようになった。
僕は「楽しいから」本を読んでいるのだ。
小説だって、新書だって、ビジネス書だって、新しいことを知れたり、書かれていることに共感を覚えたり、そういった読書から得られる色々なものを「娯楽」として楽しんでいるのだ。
読書は誰かに押しつけられたり、面接のために義務感で縛られながらするものじゃない。
そうやって考えられるようになったことで、「月○冊しか読んでない……」みたいな罪悪感を感じることがなくなった。
どうせ娯楽だから、いや娯楽だからこそ、僕はこれからも何物にも縛られることなく、本を読み続けていく自信があるのだ。
『夜を乗り越える』
書名:夜を乗り越える
著者:又吉直樹
出版社: 小学館 (2016/6/1)
ISBN:9784098235018
「火花」の芥川賞受賞で大きな話題となった又吉直樹による初の新書。
内容は大きく分けて3部構成になっており、
- 著者の生い立ちと「火花」の執筆の経緯
- なぜ、本を読むのか
- 著者が触れてきた本の紹介
が著者の言葉で正直に綴られている。
多くの人が気になるであろう「火花を書いた理由」は、何か特別なエピソードがあるわけではなかった。コントの台本を書いたり、たくさんの本を読んだりしているうちに、自然と小説の執筆に移っていったというのが本当のところのようだ。
しかし、そうやって自然な流れで書いた小説だからこそ、芥川賞を受賞するまでの完成度の高い作品になっていったのだと思う。
僕がこの本の中で、一番印象に残ったのは、筆者なりの「なぜ、本を読むのか」という問いについての答えだ。
筆者が本を読むのは、「感覚の確認」と「感覚の発見」だという。
感覚の確認とは、「共感」することだ。なんとなく感じているけれど言語化できていないことを本の中に見出したとき、「これだ!」という感動を味わえる。それが読書の醍醐味のひとつなのだという。
もうひとつの感覚の発見とは、「新しい視点」を知って思考の幅を広げることだ。自分では全く理解できない考え・行動に「なるほど!」と新しい感覚を自分の中に取り入れる。これも本の面白さだと著者はいっている。
この二つは間違いなく本を読むことで得られるものだと思うけれど、実際のところ(僕も含めて)このどちらかに偏った読書しかしていない人が多いように感じる。
「わかる!」「共感できる!」といった本ばかりを読んで、自分の感覚に近いものしか触れていない人。
「なるほど!」「勉強になる!」といった本ばかりを読んで、新しい感覚だけに触れている人。
これでは読書の半分しか楽しめていないといっても言い過ぎではないだろう。
自分と同じ感覚を抱く仲間を見つけつつ、新しいものをどんどん取り入れていく。
これから読書を楽しんでいくうえで大事なことを教えてくれる本だった。
「共感」も「発見」も与えてくれる一冊で二度おいしい本なので、読書好きの方は年末年始にじっくりと読んでみてほしい。